3月某日。
部活帰りにちょっとした事故に巻き込まれて、入院する事になった。
今は大切な時期だっていうのに。
僕は大丈夫って言ったんだけど、手塚と大石が念の為って言ってたから検査に来たら入院・・・。
そこまで酷い怪我じゃ無いのになぁ。
それでも一応、言う事を聞いておく事にした。
入院期間は1週間。
僕が入院する部屋はすでに、一人居るらしい。
ベットからは、病院の庭にある桜の木が良く見える。
今は満開ですごく綺麗だ。
カメラを持ってきて正解だな、と思った。
入院生活一日目。
少ないけど、荷物の整理をしていた時。
「あの・・・。」
後ろから声がした。細くて小さい声。
可愛い。
一目見て、そう思った。
その子は、入院しているのかパジャマ姿だった。
「僕に何か用事?」
「えっと・・・、私、この部屋のって言うんですけど・・・。」
あぁ。
この子が同室の、さん。
「よろしくね、さん。僕は不二周助って言うんだ。」
「宜しくお願いします!不二…君、で良いですか?」
さんは不安げに聞いてくる。
その動きも、すべてが可愛いと思った。
僕は、一目惚れしてしまったのかな。名前しか知らない女の子に。
いや。そんな事、関係無い。
これからいっぱい彼女の事、知っていけばいいんだから。
「呼び方なんて、なんでも良いよ。」
「じゃあ、不二君で!」
僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
やっぱり、どんな顔より笑った顔が一番だ、と思った。
++
入院生活5日目。
入院初日にさんに会ってから、4日経った。
あれから、彼女はよく笑うようになって、喋る事も多くなった。
そして、分かった事が1つある。
年は、中学3年生。つまり僕と一緒。
僕は、前から気になっていた質問をさんにぶつけてみようと思う。
「ねぇ、さん。」
「はい、何ですか?」
僕が声をかけると読んでいた雑誌から目を離して、僕の方に向き直った。
「さんって、風邪で入院してるの?」
「えっ・・・。」
僕が言った瞬間、彼女の肩がビクッと震えた気がした。
気のせいかもしれないけど、顔色が悪くなった様にも見える。
いけない。
気にしている事を聞いてしまったかもしれない。
僕はとっさに喋り出す。
「あっ!言い辛いなら良いよ?ゴメンね、いきなり・・・。」
「いいんです。不二君になら話せそうだから。」
そう言うとさんは髪を掻き揚げて続けた。
「私、心臓の病気にかかっているんです。病気の名前までは知りませんが。」
「・・・・・・うん。」
「でもっ!お母さんも先生も、安静にして手術をすれば直るからって。」
だから私、もうすぐ退院出来るはずですよ!
彼女はそう言うと、笑った。
その笑顔が、あまりにも哀しくて、
涙が出そうになった。
どうして、
どうして、こんなにも一生懸命な子が病気になってしまうのだろう。
運命というものは、時に優しく、時に残酷だ。
僕は、いるかも分からない神と言う名の悪魔を静かに恨んだ。
++
彼女の病気の事を知ってから数日。
いよいよ、と言うよりやっと退院の日がやって来た。
僕は、来た時と同様に荷物をまとめていた。
これでさんともお別れか。
でも、お見舞い位なら来れるかな?
そんな事を考えながら、手を動かしていると背後から元気な声が聞こえた。
「不二くーん!!」
「どうしたの?そんなに嬉しそうに。」
そう言うと、さんはニコニコと笑いながら話し出した。
「あのね、私の病気が治ったって!!先生が言ってくれたの!」
「え・・・?」
思いもよらない、嬉しい知らせ。
驚きすぎて、声が出ないほどだった。
僕は柄にも無く、自分の事の様に喜んだ。
本当に嬉しかったんだ。彼女の病気が治ったっていう事実が。
「それでねっ、1週間後には退院出来るんだって!」
退院。
以前の彼女には、かけ離れていた言葉だ。
その言葉を聞いて、僕は一つの提案を持ちかけた。
「じゃあ、さんが退院する日にあの桜の木の下で会おうよ。」
前に、さんが桜の木を嬉しそうに眺めているのを思い出したからだ。
すると、瞬時に彼女の顔が明るくなっていくのが分かった。
「本当に!?」
「あぁ。僕が迎えに来るよ。」
「絶対ですよ!!約束しましょう!」
言い終わると同時にさんは右手の小指を僕に向かって差し出した。
僕も、右手の小指を差し出してさんの小指と絡めた。
ゆびきりげんまん、
うそついたらはりせんぼんのーますっ、
ゆびきったっ!
さんが唄う、弾んだ声が病室に響き渡った。
僕達は、絡めた小指を離すとお互いに顔を合わせて笑い合った。
「それじゃあ、そろそろ行かないと。」
「はい。約束、忘れないで下さいね?」
「もちろん。じゃあ、また1週間後に、ね。」
「気をつけて下さいねー。また此処に来ないようにっ!」
それから僕は、1週間過ごしたこの病室に背を向けた。
これから先の楽しみを、胸に抱きながら・・・。
++
そして、待ちに待った1週間後。
この間僕は、英二や桃に言われる位浮かれていたらしい。
そんな事無いと思うけどな。
そう思ってるけど、実際あの病院に向かう足取りは、軽い。
病院に着くと真っ先に、あの桜の木に向かった。
まだ、さんは来ていないみたいだ。
いろいろ準備もあるだろうしね。
そんな考えを巡らせているうちに、20分が経った。
頭に少し、不安がよぎる。
病室まで、迎えに行こうか。
そう思って、僕の足は病室へと向かった。
++
病室の前まで来た。
ノックをした。
おかしいな。返事が無い。
いつもなら、
はい、どーぞ。
って、声がするのに。
ドアノブに手を掛け、病室に入った。
・・・誰も居ない。
何処に行ったんだろう。
疑問に思って、近くの看護婦さんに声をかける。
「あの、すみません。」
「はい。何ですか?」
「今日、退院予定のさんってもう病院を出ましたか?」
「えっ・・・。」
僕が問うと、看護婦さんは罰が悪そうに顔をしかめた。
「さんは・・・・・・先ほど、お亡くなりになられました。」
「・・・!?」
一瞬、思考停止した・・・・・・気がした。
嘘、だよね?
あんなに、桜を見るのを楽しみにしていたじゃないか。
約束、したよね?
僕はショックで動けず、ただただその場に立ち尽くしていた。
「あの・・・、すみません。」
いきなり、声をかけられた。
まだ、頭が働いていない状態で声の主に焦点を合わせた。
「不二・・・周助さん、ですか?」
「はい・・・。そうですけど。」
「私は、の母ですが・・・。少しお話が。宜しいですか?」
え・・・?
さんの・・・、お母さん。
僕は、前を歩くさんのお母さんの後を追うことしかできなかった。
どんな話をするんだろう。
そんな考えも、今の僕にはありもしなかった。
「此処です。」
案内されて、着いた部屋は、
応接室
中には、さんの担当医師と名乗った、40歳位の男性が居た。
重い雰囲気の中、のお母さんが口を開いた。
「貴方の事は、から聞いています。」
「さんが・・・?」
「えぇ。貴方に会ってから、はとても明るくなりました。ただ・・・。」
目を伏せて、口を閉じた彼女を見て医師が口を開いた。
「ここからは、私がお話しましょう。」
コホンと、わざとらしく咳払いをした後医師は続けた。
「さんの容態が悪化したんです。ちょうど1週間前にね。」
その言葉を聞いた後、話の中で矛盾している所に気づいた。
「1週間前って・・・退院出来るって言ったんじゃないんですか?」
「それは・・・。」
僕の言葉に、目の前の2人は顔を見合わせた。
「退院出来ると言った日から1週間、それは・・・が生きていられる最大の日数だったんです。」
「そんな・・・。じゃあ、」
―――1週間後には、退院出来るって!!
―――約束ですよ?
―――それじゃあ、1週間後。
彼女の言葉が頭に浮かぶ。
どんなに頑張っても・・・寿命は今日までだったって、事?
何で・・・
「何で、そんな嘘をついたんですか?彼女は・・・さんは、退院するのをすごく楽しみにしていたんですよ!?」
無意識に声を荒げてしまった。
そうだ。
さんが死んで、悲しんでいるのは僕だけじゃ、無い。
目の前の人物の顔を見た。
さんのお母さんなんて、目が腫れている。
きっと、涙が枯れるほど泣いていたんだろう。
「あの子には・・・最後位、病気の事を忘れていて欲しかった・・・。だから、あんな事を・・・。」
そう言うと、鞄の中から何かを取り出した。
それを、大切そうに手に取ると僕に差し出した。
「これは・・・?」
「が、不二君に渡してって言っていた物よ。受け取ってあげて。」
「さん、が・・・・・・?」
「えぇ。・・・不二君には、あの子がお世話になったみたいで・・・。本当にありがとう。」
「そんな事・・・。お世話になったのは、僕の方です。」
失礼します。
僕はそう言って、応接室を後にした。
++
応接室のやり取りの後、僕はあの桜の木に来ていた。
本当なら、さんと会うはずだった・・・この場所。
不意に、さっき受け取った物を思い出す。
―――あの子が、不二君にって言っていた物よ。
僕は、封を開けて中身を見た。
中には・・・2枚の手紙が入っていた。
僕はそれを手に取る。
「不二君へ
不二君がこの手紙を読んでいる頃には、私はそこに居ないと思います。
最初に、あやまらないといけない事があります。
約束、守れなくてごめんなさい。
私、本当は気づいていたんです。
私の命はそんなに長くないって事。
日に日に身体が思うように動かなくなっているのに、退院なんてありえないですよね。
それでも、不二君に会ったあの日から毎日が本当に楽しかったんです。
不二君に会えて、本当に良かったと思っています。
ただ、最後にもう一度だけ不二君に会いたかったな。
それで、一言だけ貴方に伝えたい事があります。
今更言っても遅いけれど・・・私は不二君が大好きです。
私を闇から救い出してくれて、光をくれた、そんな貴方に憧れていたんです。
今まで、本当にありがとうございました。
そして・・・・・・こんな形でしかお別れ出来なくて、ごめんなさい。
もし、また会えるのなら今度こそ、桜が散る木の下で逢いたいです。
」
手紙を読み終えた僕は、その場に崩れ落ちた。
涙が溢れて、止まらなかった。
彼女の本心を知った今、
僕は、彼女のために泣く事しか出来なかった。
そんな無力な自分を、どうにかして欲しいと願った。
「さん・・・・・・。」
僕は、桜の木にもたれかかって呟いた。
「僕も・・・さんの事が、誰よりも好きだよ・・・。」
その言葉は、春の風にかき消された。
そのまま、どこに居るかも分からない、君の元へと飛んで行って欲しいと想った。
桜の花びらが散ってゆく中、僕は静かに瞳を閉じた。
桜が散る頃、
(僕と君を繋いでいるのは桜の木。)
――――071112